さてさてホンマにドローが・・・とか首都圏の方でもいうとるくらいやからこれは大変や。
どうも、まずお前の大変な顔をなんとかせい!言われそうなshimamotoです(^_-)。
さてとにかくですね、多様化の時代と高度情報化社会の中で各ジャンル細分化されかつ高レベル化されとるわけで。
結果として今、なんのジャンルにおいても、早い段階で専門的に学ばない限り、トップに近いレベルまで到達するいう事はなかなかに難しいことになっています。
逆に言うと、中途で参入するのもなかなかハードルが高く、小学生でやっとらんで中学で始めるとか、ホンマになかなか何の分野でも二の足踏むような時代になっとる気がしますね。
中学受験なんかもそれでしょう?小学生の頃から勉強しとらんなんて都市部ではもうありえんそうやないですか(><)?
でもね、何かを得たら何かを失うもんです。時間は限られていて、それぞれが経験をしているわけですからね。今日英語に2時間使った子は英語がわかるようになっとる。テニスに3時間使った子はテニスがうまくなっとる。でも、2時間友達と遊んで1時間テレビアニメ見とった子が、無駄な時間を過ごしたいうわけではないんですよね・・・。
いや話が逸れてんけども、少子化の中で参加者が少ないと嘆くスポーツ、一方で勝利や上達だけを指標にすれば、より早く情報収集を行って幼少時から存分に金と時間をかけて英才教育された子以外に、参入は難しくなっていく。
上手い人たちがスゴくなればなるほどに、下手な人たちはプレーしようとは思わなくなっていく。競技レベルは上がっていくのに、プレイヤー数は減っていく・・・。
競争による成長がこれまでの世界を支えてきたとして、上限が見えつつあるジャンルではもう成長を志すことこそがその世界観を崩壊させる原因にもなりかねんいうことですね。これは高度情報化社会が全てを白日のもとに晒し未開の夢がなくなりつつあることと無関係ではないと思います。
これがスケートボード金メダリスト堀米雄斗選手の「みんな一番だと思います」「大会は結果がわかりやすく出るけど、コンテスト、採点で勝敗が決まる世界は、スケートボードの一面でしかない。スケートボードの本当の魅力や楽しさをもっと多くの人に知ってもらいたい」という言葉の切実さに繋がってくるんちゃうかなーと感じるんですよねえ。勝ち負け決めたらたしかにトップは1人やけど、頑張っとる選手はみんな1番やで!って・・・。そう言いたいんちゃうやろか・・・。
いうてもね・・・スポーツで勝ちを目指さんいうのもね・・・。今、学校で順位を付けないのがいろいろ増えてきとりますけど、それはそれでやっぱり将来どんな問題が発生するんか不安もありますね。
さて、この大いなる矛盾を、人類はどのようにして乗り越えていくんやろかねえ・・・。